末日聖徒の日曜学校

今年はモルモン書から学んでいます。

2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧

「完全な福音が…宣べ伝えられる」3ニーファイ20:30

・神の存在・救い主イエス・キリスト・祈りの答え・キリストの教会・悔い改めと罪の赦し・神の愛・モルモン書の教え・御霊の導き・神の真理今のところ、宣教師から教えられた福音にほんのひとつの偽りも見つけられません。もしもほんの僅かでも偽りがあった…

「もしわたしに対して心をかたくなにするならば」3ニーファイ20:28

‟福音の知識を得て心がかたくなになる”わたしはそうでした。知識を得て‟分かったつもり”になり、「正解を知っているのだからその他は必要ない」という一元的な考えです。イエスの時代の律法学者のようです。福音は多元的です。一つの教えから、多くの学びを…

「それを行うのはわたしである」3ニーファイ20:19

主が言いました。「その石を押しなさい」男は石を動かそうと努力しました。そしてあきらめました。主が来て言いました。「なぜ石を押していないのですか」 「動かそうと努力しました。 でもその石は大きすぎてビクともしません」「わたしが言ったのは石を押…

「わたしはあなたがたの中にいる」3ニーファイ20:22

教会のある集会で隣に座っていた人に尋ねました。「ここに主の御霊があると思いますか?」 「思えません」「そうですよね」後で思い直しました。御霊を拒んでいるのはわたしでした。

「わたしは自分の民を集めよう」3ニーファイ20:18

♪神の子です、わたしやあなた♪この歌を聞くとき、希望を感じます。集まるように呼びかけられているようです。♪御心行い、また天に住む♪そうです、「また」なんですよね。つまり以前にそこに居たということです。忘却の幕によって覚えてはいませんが、深層心…

「イエスに栄光を帰した」3ニーファイ20:9

教会の著名な指導者の多くは家庭でも社会でも成功者として名声を得ているようです。主を信じて生きるなら彼らのように成功者になれると期待していました。どうやら期待外れであったようです。「どうして?」考えずにはいられませんでした。ひとつの答えに行…

「わたしの体を食べ…血を飲むのである」3ニーファイ20:8

水のバプテスマは復活と贖いを象徴しています。その点では聖餐も同様です。‟主の肉と血”より具体的に示されることによって、より深いものになっているように感じます。その理解がまだ足りていないようです。バプテスマは一度きりですが、聖餐は毎週受けます…

「心で祈ることはやめないように」3ニーファイ20:1

いつでもどこでも、何をしているときにも祈ることができます。車を運転しながら、ジョギングしながら、仕事中、食事や会話中でも大丈夫です。祈ることのできないときがありますか?たぶん、主を忘れているときだけですね。心の祈りとはそういうものだと思い…

「不信仰のゆえに…奇跡を…現すことができなかった」3ニーファイ19:35

聖典には様々な奇跡が記されています。「わたしは人が人に語るように御霊に語った…御霊もわたしに人が人に語るように語られた」1ニーファイ11:11「この記録を読む…深く考え…キリストを信じ…誠心誠意問う…神はこれが真実であることを聖霊の力によって…明らか…

「御言葉を心の中で理解した」3ニーファイ19:33

「思いはどこにありますか?」 「頭の中です」「心はどこにありますか?」 「胸の奥だと思います」「ということは、思いと心は別のものですよね」そんな会話をしたことがあります。以来、‟頭で理解すると心で理解するの違い”について考えています。頭で理解…

「祈るべきことが…示され…願い事がいっぱいあった」3ニーファイ19:24

彼らに示されたこと、願ったことは何でしょうか。モンソン大管長の言葉を思い出します。「主の前に立ったら何を尋ねますか。 わたしは何も尋ねません。 ただ聴きます。」なるほど、納得です。宣教師が教えてくれた祈りの方法は、真の祈りに至るための準備で…

「彼らは…イエスに向かって祈った」3ニーファイ19:18

「彼らはわたしに祈っています」19:22「絶え間なく…祈り続けていた」19:24「まだ祈るのをやめていなかった」19:26この話によって、祈りについての認識が変わりました。主は目の前に立っていました。彼に話しかけたのでしょうか。頭を垂れ、目を閉じたので…

「天使…が…彼らを教え導いた」3ニーファイ19:14

宣教師と出会った翌日、土曜の夜のことです。声が聞こえました。「明日、教会はどうしますか?」 「朝八時に目が覚めたら行きましょう」翌朝、目覚めて時計を見ると八時でした。それで教会に行きました。以来、その声の主と語り合っています。「御霊によって…

「自分が…望んでいるものを求めて祈った」3ニーファイ19:9

彼らが望んだのは聖霊を受けることでした。それは主の御心と一致していました。「彼らは聖霊と火に満たされた」19:13わたしは何を望んでいるのでしょうか。主に従い、信仰に生きることを祈り求めています。同時に平穏な人生であるように願っています。この…

「イエス…の御言葉を…少しも異なることなく教える」3ニーファイ19:8

「キリストは生きています」この言葉は誰でも言うことができます。たとえキリストを信じていなくても…です。‟少しも異なることなく”とはコピペではないように思います。イエスの言葉を教えるためには信仰が必要です。証と聖霊の助けも必要です。一言一句同じ…

「聖霊を授ける力をイエスから授けられた」3ニーファイ18:37

「お前の金はお前もろとも失せてしまえ。神の賜物が金で得られるなどと思っているのか。」使徒行伝8:20‟聖霊を授ける力”といえば、この言葉を思い出します。‟授かる”とはお金では買えない大切なものを与えられるという意味だそうです。時々考えます。「そん…

「今、わたしは父のみもとに行く。あなた方のために…必要だから」3ニーファイ18:35

「わたしにつながっていなさい」ヨハネ15:4先日の神権会でこの言葉について語り合いました。主とのつながりを保つために教会の組織があります。わたしたちはビショップとつながり、彼はステーク会長と…そのようにして預言者に至り、預言者はキリストと…その…

「あなたがたの中に…論争がなければ…幸いである」3ニーファイ18:34

長女が小学一年生のときのことです。ある日、「学校に行きたくない」と言い出しました。担任の先生が娘と話し合ってくださり、問題は解決しました。その後で先生から聞いた話です。「クラスの中で 一人の男の子を叱りました。 ○○ちゃんはそれを見て 怖くなっ…

「ふさわしくないままでわたしの血と肉にあずかることを…許してはならない」3ニーファイ18:28

「親ガチャ」‟子どもは親を選べない”という意味なのだそうです。「親ガチャ失敗」こんな言葉に悩んでいる親が増えているそうです。わたしも自分のふさわしさについて悩んでいるひとりです。 神殿面接の最後の質問に「はい」と答えられなくて、「ふさわしくあ…

「誘惑に陥ることを自ら許す」3ニーファイ18:25

「サタンは人を罪に誘います。 でも、罪の行いはその人の選びです。」そんな言葉を聞いたことがあります。「御霊は人を善に導きます。 それに従うのその人自身の選びです。」そんな教えもあります。この世には確かにサタンの誘惑が存在します。御霊の導きも…

「わたしは…誰にも立ち去るように命じることなく」3ニーファイ18:25

いつも好き勝手なことを、心に感じたままに投稿しています。勘違いやあやまちもあって、それを非難されることもあります。それでも性懲りもなく続けています w非難されるとき、それを否定するつもりはありません。わたしはその程度の人間ですから。でも、で…

「わたしの名によって、常に父に祈らなければならない」3ニーファイ18:19

先日、支部会長にわたし自身の罪について告白しました。高慢と弱さから出てしまう過ちについてです。長年、悔い改めようとしてきたのですが、限界を感じていました。神殿に参入したときにそのことを強く感じました。それから一か月ほど考え、祈り続け、この…

「わたしは…模範を示した」3ニーファイ18:16

「イエスは一言もお答えにならなかった」マタイ27:12思い出すことの多い彼の模範です。批判されるとき、つい反応してしまいます。自分を守ろうとする気持ちの表れです。それはわたしの弱さです。相手を言い伏せて勝ち誇るのでしょうか。いいえ、後悔します…

「地獄の門は…いつでも開かれている」3ニーファイ18:13

天の門は数少ないようです。一つだけかもしれません。地獄の門はあちらこちらに数多く存在するようです。天の門に入るには決意と覚悟が必要です。地獄の門は気付かないうちに足を踏み入れているかもしれません。「悪魔に捕らえられないように、常に目を覚ま…

「これ以上のこと、或いはこれに及ばないことを行う者は」3ニーファイ18:13

‟これに及ばないこと”はまだ可愛い気があっていいですね。たいてい、笑って見ていられます。‟これ以上のこと”は判断の難しいときがあります。一見、正しく見えることが多いからです。単純な一例です。ある人が述べた証に少しの誤解がありました。一人が立っ…

「わたしの岩の上に」3ニーファイ18:12

岩の上でも砂の上でも、平穏なときには何ら変りはありません。心が揺れる時に初めて、自分の信仰がどこに建てられているのかを知ることになります。いつも平穏であることを願っています。平穏であれば、砂の上でも大丈夫だからです。でも、それだと自分の信…

「いつもわたしを覚えているということを父に証明する」3ニーファイ18:11

いつも心の中で祈ります。あるとき、ふと考えました。「そうか、神様って心を見ているのか」「いまさら何を…」って言われそうですね。でも、これって重大問題です。心の思いのすべてがバレバレってことですよね。「それってヤバイでしょ!」そう思うのはわた…

「わたしの命じたことを…喜んで行う」3ニーファイ18:10

「祈らなければならない」「モルモン書を読まなければならない」「主に従わなければならない」そこに喜びはありますか。「祈りたい」「モルモン書を読みたい」「主に従いたい」喜びがあるなら、そう考えるでしょうね。行いは同じですが、祝福は異なります。…

「いつもわたしを覚えているなら…御霊を受ける」3ニーファイ18:7

言い争いをしているときに、御霊のことが心に浮かびました。心の中で言いました。「今はそれどこじゃないから、 あっちに行ってて!」主のことを思いながら言い争いができるでしょうか。御霊が心にあるときに怒ることができるでしょうか。主を覚えるとは心に…

「わたしは…人に力を授け…それを与えることができるようにしよう」3ニーファイ18:5

言葉は人に与えるためにあります。何を与えるのでしょうか。愛と平和、喜びでしょうか。それとも争い、怒り、敵意でしょうか。前者は神から授けられた力であり、後者はサタンの力です。「言葉は神と共にあった、…言葉には命があった」ヨハネ1:1~